2008年12月30日

花、一輪に私は眠る

金木犀の女は月の御許で待っていた。
一輪の花を男に託すために。



..
■獣、闇、踏破:風

人が集えば響き合い。
響けば和音は捩り縒る。
「世界中の要人、著名人が勢揃いだな」
音の外で音を見る者も、居る。


武器禁止、荷物検査と言ってはみても隙間はどこかに必ず出るもの。
安全が必ず守られるものではない事。
それを守ろうとする者が居る事。
「男ばかり狩るのは、つまらん!」
……守る者も、様々である。

というわけで、風月堂は踊りの合間合間に、忍としてうろうろとしていた。
別にエージュと契約をしたわけではない。
だが、宴を邪魔する「無粋」を、自分以外に知られたくない…という、一種の正義感からである。
女刺客なら口説こう、と思っているのも、無くは無い。


■暗躍、尾、振幅:風

情報は、忍集団を使って集めた。
(元頭首とはいえ、趣味に付き合わされた忍達はたまったものではない)
お仕置きした刺客は、エージュの警備員(人間のほう)に突き出している。
警備員からは軽く英雄視されているのも、悪くないようだ。


誰にも知られず始末するのは、意外に骨だ。
悪者も、大衆の中のほうが見つからないのを知っているからだ。
だから、風月堂はあえて、よく踊る。
刺客達の動きを観察するのに、実に都合が良いからだ。
「おっと、ごめんよ?」
そうやって蹴って邪魔をするのも、踊りながらだと都合が良い。


遊びながら戦い、戦いながら遊ぶ。
刺客としては、たまったものではないだろう。


■休止?、否、此時:風

そんなこんなで数日、戦って遊んで遊んで戦った狐が一匹。
「…疲れた」
飽きが早い狐である。

さて、丁度宴も中断期間に入ったようだ。
さすがに刺客が紛れる場所も減り、姿を見せない。

狐は一人、闇へ逃げるようにバルコニーの隅へ行く。
手にはその時々の気分に合ったワイン。今はシャンパン。

己を狙う刺客を返り討ちにしたのが、そもそもの始まりだったか。
気づけば色々と倒してきたが、ふと、虚しさも覚える。
「もっと、沢山の女性と知り合えば良かった…」
……これでも妻帯者である。


■逡巡、宴、悠久:風

雪を見る。
これは人工の雪だと、ある女性から聞いた事があった。
空気整調の人工精霊が降らせているのだと言うと、何とも味気が無いものだ。
「神様が、ドームだと淋しいだろうって降らせてる」
それで良いじゃないか。

空気が冷たい。
虚しさも、ねばっこい油みたいな思考も、洗い落とされていく。
細いグラスは既に空になった。
でも、動く気になれない。

無性に独りになりたかった。
無性に誰かと喋りたくなった。
ただ闇に紛れてもいたかった。

ただ言えるのは、この場に居られて。
「幸せだな」
と言える事だった。


雪はまだ、振る。
宴はまだ、続く。


□金木犀の女@白妙

その会場には何時の間にか一人の女が加わっていた。

少女と呼ぶには大人びた足取り。
淑女と呼ぶには妖艶な唇。
婦人と呼ぶにはあどけない瞳。

長い袖の異国の衣を纏い、不思議な造形の帽子から垂れる絹糸が顔を隠す。
真っ直ぐに伸びた長い髪はさらさらと揺れる度に、脳髄を焼くような金木犀の薫りが辺りに漂う。
だのに粛々と歩くその姿からは、まるで生気が感じられない。
なんとも存在感の無い奇妙な女だった。

人波をすり抜けながら、すれ違う人々の姿を薄い笑みを持って眺めていた。
何時に無くはしゃいだ様子の淑女には御機嫌よう。
それに振り回される紳士達に一礼をして。
星を見上げる少女の背には大丈夫よと囁いて。

ふらふらと歩いているようで、女が向かう先はハッキリしている。
途中、見かけた商人からはシナンビを一本購入し。
行き着いた場所は、満点の星空が迎えるバルコニーだった。

蜥蜴紳士は煙を嗜み、海の淑女と剣の乙女は座り込んで談笑中。
薄い笑みをたたえたまま女が向かう先に居た人は。
「・・・月が」
闇に紛れる夜会服、ターコイズブルーの爪先は星になろうか。
束ねた赤い髪を風に揺らし人工雪を眺める背中。
黒いおしっぽで有名な御仁。

「月が綺麗ですね」

見た目を裏切るハスキーヴォイスが、声を掛けた。


■月照、降、黒装:風

酔うべきか。
酔わぬべきか?

「月は綺麗だ、と決まっている」

酔った。
否、既に酔っていたか?


手にしているシャンパングラスに、『狐火』を入れて灯す。
男の足取りはゆっくりと、しかし音も無く、軽い。
おどけるように諸手を広げ、道化のようにほんの少し、会釈。
「ようこそ、天津の巫女」
一歩、近づく。
「今宵は良い、時になりそうです」


■微笑、怪、隠匿:風

グラスがさらさらと音を立て、粉雪に変わって散る。。
「私と、一曲」
音楽は、こんな外にまで流れていない。
だが、微かな風が、大気を動かす音や。
雪の降る音が、聞こえる。


不意に、男は大きく一歩を踏み出した。
後半歩もあればぶつかるくらいの、近い近い距離。

(刺客がいる、屋根の上)

一人で居るところを狙いに来たのか。
それとも、狙いはこの人なのだろうか。
「何を踊りますか? 私としては密着できるものの方が…」
(安心して、大丈夫、普通に踊っていい)

笑顔を作る。とびきりの作り笑顔だ。
しかし、本物の笑顔だ。
男は愉快でたまらなかった。
結局の所、ばたばたするのが好きなのである。


□月の御許で待っている@白妙

「月は綺麗だ、と決まっている」
「そう・・・ですね」

口元の変化は顕著だが、瞳は絹糸の向こうに守られて沈黙している。
変わらぬ女の笑みに狐の御仁はどう思っただろう。
「ようこそ、天津の巫女」
辺りに漂う魅惑の薫りは、グラスの底に残ったアルコールが狐火で蒸発したからか。
目の前の芝居がかった肩が小さく震えた。
「面白い方」
殺しきれなかった笑みがそこにある事を告げる。

ガラス扉からは社交場の賑わいが流れてきた。
だが音楽を掻き消す喧騒まで聞こえないのは、きっと雪が音を吸い込んでいるから。
布越しに手を取られる。
音の無い世界で踊るダンス、一曲の長さは如何程だろう。
女は言葉も無く了承した。

(刺客がいる、屋根の上)
抱きしめられたような錯覚を起こす距離。
吐息だけで囁かれる内容は、はたから見た印象からは想像もつかないだろう。
(安心して、大丈夫、普通に踊っていい)
薄い笑みはそのままに、目を伏せる。
「大丈夫」
瞳の合図は伝わらないなら此方も吐息で返せばいい。

「『解』りますから」

見上げた先には甘いマスク。
ただし瞳孔は少年のような期待に輝いていた。
「・・・貴方は稀代の女たらしだって、有名ですもの」
寄りかかるように地面を蹴る。

さぁ、ダンスを始めよう。
その九尾を付けねらう獣か、甘い匂いに誘われた虫か。
暗闇の視線を観客に。

月も嫉妬するダンスを始めよう。


■流々、雪、降々:風

月下、手を取る。
雪中、腰に手をやり。

踊る。

何もない。
何もないが、体は動く。
血の鼓動か、雪の解ける音か、足並みか。
「稀代とは光栄だ」
暗がりに二つの影が合わさって、踊る。


ゆるゆると踊りながら、布石は置かれていく。


■転身、舞、銀身:風

大きな耳は伊達ではなく、妖の血も紛い物ではない。
「何一つ、驚かなくていい」
リズムを一定に。
ステップでバルコニーの端へと導く。
女性の背を手すりにかけて、止まる。


息を殺すような、冷気と雪の精霊。
タイミングを計る、二つの殺気。
(帽子、借りるよ)
そう言って頬を包むように手を差し伸ばす。

手が塞がった、と取るのが戦士で。
「それでは、甘い」
そうさせるのが、策士。


■微笑、瞬、宣告:風

屋根から落ちてくる、一つの影。
きらめく一本の銀刃。
真っ直ぐに突き立てられた殺意が、男を狙う。

男はふわりと女の帽子を持ち上げる。
重力から離されたそれは、手に絡め取られ…投げられる。
上に。

銀の光が覆われる。
視界も消える。
着地。
「ご苦労さん」
背後からの声。
背中に響く打撃音。
男の蹴りが背骨を砕く音を響かせ、刺客は吹っ飛んだ。
手すり諸共、遥か下、噴水池へと。


■再開、雪、落々:風

時間にすればほんの僅か。
男の手の内には変わらず女が居て。
壊れた手すりと、女の表情以外には何も変わっていなかった。

しかし男は満足そうに笑む。
「おや、可愛い顔だ」
垂らしの面目如実と言えるだろうか。

静寂は直ぐに戻る。
男は何事もなかったかのように、再び足を進める。
その足取りが軽くなった事に、誰か気づくだろうか。
心置きなく楽しめるようになった事を。


宴はまだ、終わらない。


□花、一輪に私は眠る@白妙

バルコニーの片隅。
隠れているわけでもないのに目を向けられぬのは、きっと片方の生気がまるで薄いから。
そしてもう片方が闇の従者だから、だろうか。
真相は外の空気があまりに冷たいからだろう。
ともあれ、緩やかな交差は止まる事も無い。

驚かなくていいと言った。
女は微笑を変えない。
手すりに押し付けられて・・・このまま突き落とされても、首に手をかけられても、女は口元を変えることは無かっただろう。
だって貴方は女性を傷つけないって『識』っているから。

御仁の両手は不穏な動きをする筈もなく。
頬に伸ばされた指先が、肌のざらついたところに触れる。
絹糸のスキマから目前の唇が動くのが見えた。
瞼を閉じるのと全く同時に、嬉々狂々とした子供の声。

目を瞑っていても『解』かる。
羽虫が視界の代わりを務めてくれるから。
銀の刃が首を狙っていた事。
手すりが崩れてしまった事。
抱きしめ守られていた身に傷ヒトツ無い事。
「おや、可愛い顔だ」
そして何より帽子を外されてしまった事。

まるで最初から、こんな時間など存在しなかったように御仁は背を向け歩き出す。
その飄々とした様があまりに癪で、つい尾を強く引いてしまった。
振り返った御仁は顔に出さずに驚くだろう。
そこにあると思われていた瞳が『緑』ではなく『金』だった事に。

「九臥の若様は・・・せっかち、ね」

狂喜乱舞の跡とは正に此れか、と中庭を一瞥しながら呼びかけた声は。
先程の低くはあったが女性らしい丸みを帯びた声とは、全く違う。
地の底から響く不穏のような、人間には出せぬ筈の音だった。
「貴方に、渡したいも・・・のが、あった、のですよ」

袖口から覗く蔦が何時の間にか帽子を回収していたらしい。
軽くはたいて被り直す。
「・・・あの仔にとって、この時間、は・・胡蝶の夢・・・に、等しいでしょう、から」
素朴な桃色をした一重の花を取り出す。
何処にだって咲いていて、何時だって目を向けて欲しいと願う、普遍の花。
「だから、この花言葉を唱え、たって・・・良いと、思ったわ」

可憐な一輪のシナンビ。
空色の髪の青年は切ない想いを託していた。
知らぬ先の人々は、思い思いの言葉で彩っていった。

「貴方が、あの、仔の良き理解者で・・・居てくれるから」

御仁の胸元にそっと挿す。
大輪の白薔薇に隠れて、とうてい誰も気付かないだろう。
その位で良い。
穏やかな余裕のある人物に見える『彼』の・・・見栄っ張りで意地っ張りで恥ずかしがりやな本心は、目立たない方が良いのだ。

「ありがとう」
女はやっぱり変わらぬ笑みを浮かべて、崩れた手すりを背にした。
そうして思い出したように唇だけを動かして。
躊躇もせずに、そのまま跳躍。
翡翠の衣は闇夜に消えていった。


『貴方の傍にいる』


■爛々、宴、来々:風

影を見送る。
夢は消えて、夢は覚める。

覚めた夢に、あの男は居ない。
作りすぎた笑顔も、余裕を醸す佇まいも、そこには無い。
「壊したの、ばれるかな」
…そんな事には、妙にこだわる男である。


宴は再開された。
新しい衣装に袖を通すため、男はバルコニーを離れる。
新しい夢を纏い、新たな笑顔を被って。


男は、宴に舞い戻る。
posted by 夏山千歳 at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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