2008年11月12日

右手を繋いで

以下、異大陸とNPCが主役の物語となります
ご注意くださいませ


..
それは夢か現か幻か。
空は遠く、木々は色落ち、花は枯れ往く季節の事だった。

ここ数年ですっかり寂しくなったなぁ、と思う。
座敷に訪ねてくる人は決して少なくないが、以前のような賑わいがあるわけではない。
ひっそりと誰かが足を運び、またひっそりと帰って行くだけだ。
帰る家が無い人は此処には来ない。
帰る家のある人のための店なのだと、つくづく思う。

夏前に花を咲かせた桜の木。
あれは何故、あんなに遅い時期に開花したのだろう。
今年は梅雨が遅かったからだろうか。
でも開花時期がずれたのはあの一本だけだ。
それとも、もしかしたら。
もう花を咲かせる力なんて殆ど残ってないんじゃないかって。
そんなことを考えてみたりもする。
空想を巡らすのは楽しい。
けれど誰かに話してこその空想だろう。
あのちいさな小鳥ちゃんに話してみようかしら。
膝に甘えて縁側に寝転ぶ一羽の少年。
彼の前身と同じように、冗談で着付けさせても全く抵抗しなかった。
・・・やはり違う生き物なのだなぁ、とつくづく思った。
一つ一つの動作や表情、雰囲気の違い。
前身が何事もなく成長したら、こうあった(多少ひねくれはしているが)のであろうと。
何より前身と同じ着物を着せても、小鳥ちゃんは少年のままだった。

魂が違うという現象は本の中だけだと思い込んでいた。
そんな筈はあるまい、此処はネバーランド。
終わらない大陸という世界で迎えるゆっくりとした週末は、馬鹿らしくもあった。

風が流れる。
北からのひんやりとした風。
夏場は大きく肌蹴ていた胸元だが、この季節は流石に堪えるものがある。
羽織を掻き寄せ天を仰ぐ。
鉛色の鈍空にぽっかりと薄い雲が流れていた。
ついこの間、秋が訪れたと思ったのに、もう冬がやってくる。

ふわりふわりと風のゆりかごの中で葉が揺れる
微かな音を立てて、囁くように落ちてゆく。
一人、旅立つことを寂しいとでも言っているのだろうか。
それとも清々したと笑っているのだろうか。
赤ら顔に涙の面影は見えない。
黄染めの衣をまとって、慎ましく・・・飽いているだけなのだろうか。

ふと、視界に空色の絹が写った。
白い素足がなんの音も立てずに枯葉を踏み敷く。
だが葉は折り目を正されはしない。
そのままの姿で、ただそこに在るだけ。
自分は夢でも見ているのだろうか。
だんだんと近づいてくる絹の隙間の片足首に、金色の環があるのは。
白く透けた羽が見えるのは。
「こんにちはデスよ、女将」と。
胸を締め付けるほどの懐かしい声が、自分に向けられるのは。
淡く夢見て諦めていた願望が、自分に見せる白昼夢ではないのだろうか。
祈るような気持ちで顔を上げる。
網膜に映る麦穂の長い髪、消えそうな程に白い指先。
照れたように笑った顔。
小鳥ちゃんとは違う、穏やかな表情。
「そんな、幽霊を見るような顔をしないでくださいよ」
眉根の下げ方まで変わらない。
「・・・幽霊だったら足は無い筈でしょ?」
つい強気に返してしまった。
本当に、本当にあの仔鳥なのだろうか。
『小鳥ちゃん』ではなくて、何処かに行ってそのままになってしまった『仔鳥』なのだろうか。
信じがたい、信じがたいのだが。
『小鳥ちゃん』ならば、身体の先に老木が透けて見える筈が無いだろう。

「じゃあ化け猫ならぬ、化け鳥なのかもしれませんね」
こんな時だというのにふざけた内容、でも声色は優しかった。
「そうねぇ
でもイドっちみたいな可愛らしい仔鳥さんだったら、化け鳥だって大歓迎だわ」
反射的に口から出た言葉に、自分でも笑ってしまう。
自分のそんな姿に目の前の仔鳥はしばらくきょとんとしていたが、つられたように声をあげて笑った。

季節のような出来事だった。
そう、何事も、そう言えるのではないかと思う。
訪れた時間も、その場に居た時間も、去り際の時間も。
徒然と流れる四季世の中で最も短い季節。
暮秋。
それからどのくらいの時が経ったのだろう。
指を折って反芻する。
決して長い時間では無い。
瞬きをするような、例えば子魚が吐き出した泡が潰れるまでの。
仔鳥と自分の間ではそれだけの意味しか持たない、密度の薄い時間だ。

紅の衣に空色の振袖が重なる。
縁側には湯気が二つ立っていた。
習慣的に用意させたものだ・・・黒子は少年の姿を見ても声を上げなかった。
「ねぇ、イドっち、あそこに桜の木があるでしょう」
小鳥ちゃんは縁側に腰掛けるのが好きだった。
そこから足をふらふらと揺らせて、飽きたら自分の膝に温まる。
時折、羽ばたいて何処かに行ってしまう事もあったが。
程無くして何らか・・・花でも果実でも・・・を抱えて帰ってくるものだから、そのうち背中に視線を送るくらいしか、しなくなった。
「あの老木はね、夏直前になってようやく花を咲かせたの」
その小鳥ちゃんと同様に、彼は縁側に座っている。
自分の右手側。
だが足を揺らせることは無かった・・・出来なかった。
彼の足はしっかりと地面に届いている。
届いてしまっては揺らせる事など出来るはずも無いのだ。
ならばどうして、あの小鳥ちゃんは足を揺らせることが出来たのだろう。
「ふふ、どうしてだと思う?
うちはね、こう思うのよ」
彼は足を揺らせる事を目的に座っていたのだ。
自分だって足は容易に地面につく。
成人前の決して発育の悪くない少年に、足がつかないわけがない。
彼は子供ではないのだ。
目の前の少年も同様に、子供の身体では無かったのだ。
「もう花を咲かせる力なんて、殆ど残ってないんじゃないかって・・・ね」
数分前に心の中で反芻したこと、そのままの台詞だった。
「それはつまり、力を蓄えていたってことなのデスか?」
割合、予想通りの反応を返すことに少しの安心感。
「そうよ。
そしてね、あの小鳥ちゃんが此処に来たのも、あの桜が咲いていた時期だったの」
暫く、無言の時が続いた。
微妙に居心地の悪い空気に尻の座りが悪いのか、少年は音も無く座りなおす。
「運命の出会いのための演出をしてくれたなんて、思わないわ。
偶然のための演出とも。
そんなのはこじつけてしまえば、どんな物事だってそうなってしまうのでしょう」
だから自分はそう考えたのよ、と。
小さく纏めて視線を落とした。

「女将」
再度の沈黙を破ったのは少年の方だった。
「俺も運命なんてあるとは思っていませんよ」
腰を上げ、老木に向かってゆっくりと歩みだす。
相変わらず音を立てず、振り返りもせず。
「世の中の流れがこうなってしまったのは、偶然でしょう・・・こんな事、言うのも何ですけどね。
俺がこうなったのも、サトライが生まれたのも、桜が咲くのが遅くなったのも」
それに、と呟く。
「運命なんてものは概念でしかないのです。
でも、概念というものはとても恐ろしい・・・ものでもあるのです」
用意してあった台本のように、振り向いた。
だが誰もが予想するような泣き出しそうな顔はしていなかった。
笑ってもいなかった。
「女将、俺はもう長くはありません。
次の瞬間にだって消滅してもおかしくない状態なのです
もしかして、聞いていますか?ウーちゃんから俺のこと」
「・・・暫く前、彼がとても落ち込んでいたことは知っているわ」
少年は満足そうに頷くと、渇いた木肌に片手を置いた。
「あの時はまだ上手く調整出来なくて、本当に必要最低限の事しか伝えられなかった。
今は、少しだけ、余裕があるから」
俺の願いを達成させるために、女将には話しておかなければならないのデス、と。
長く見ることの無かった真剣な表情で、彼はこちらを射抜いていた。

「現世に存在する生き物が姿を保つには、幾つものしなければならない努力がありますよね。
食事、睡眠、排泄・・・一人きりならそれだけで済みますが、誰かと関わらねばならない場合には、もっと多くのことをこなさざるを得ません。
それと同じで、精神体にもこなさねばならない義務はあるのですよ」
桜の大木は、透けた身体を侵食している。
彼はそれを甘受していた。
抵抗もしない。
「存在を保つこと、ただそれだけの義務です。
ただ、それだけ」
枝を離れた葉が彼の頭上に降りかかる。
「でもそれはとても難しいことで・・・
俺がよくコロシアムで魔法を使いこなせずに居たのを、女将はよく知っているですよね。
困った事にその辺りの扱いが不器用でして、だのにこんな姿になってまで生き延びようとしたから・・・。
そのツケがまわってきたようなのです」
それは当たり前のように彼の顔を素通りし、当たり前のように身体を貫き、当たり前のように地面を彩る一端となった。
当たり前のように喋る事柄のように。
「消えちゃうの?」
なるべく当たり前の話のように問いかける。
感傷的に問いかけて肯定されようものなら、最早声を上げて嘆くしかない。
「消えません」
はっきりとした口調で否定される。
「残念ながら消えません。
ただただ何も出来ず、何をするかわからない、困った存在に成り果てるだけなのです」
魔物か悪霊かわかりませんけれどもね、と付け足す少年の言葉に。
心が悲鳴を上げていた。

「・・・だから俺は消えてなくなるのです・・」
短い、短い話の末に、少年はようやく初めて悲しそうな瞳を見せる。
彼の垣間見た世界はどんなに暗いものだったのだろうか。
少年自身はそれを業と呼ぶが・・・それもきっと友人がそれを聞いて尚、悲しむ事を知って、そう呼ぶのだろう。
「既に周りに迷惑をかけた身が、何を今更と思いました。
でもそれとこれとは話が別ですし・・・。
認識したからこそ、自分の事は自分で後始末をつけねばなりませんよね」
泣き叫んで止めたかった。
怒り狂っても効果的だろう。
少年は自分のみっともない姿を見たことは無い、見せた事は無い。
「だから」
だがそれをしてもどうにもならないのだ。
柔らかに見せて強情なこの少年の決めたことを曲げるなど、出来やしない。
それに自分を不快にさせるだけの事柄を彼が伝えにくる筈が無かった。
願いを達成させるためにと彼は言った。
そのために今の説明が必要だったのだろう。
ならば、それを無駄にしてはならない。
それが自分に出来るこの子自身への最後の手向けとなるのだろう。
「女将にお願いがあるのです」

「あの子の味方になってあげてください」
何時の間にか、少年は自分の真正面に佇んでいた。
真っ直ぐな目で、何時だって自分に義があると錯覚させる真っ直ぐな目で。
「あの子は俺が信用していた人間を、信用するとは限りません・・・当たり前ですよね。
違う人間なのデスから」
だがその目は自信にありふれているとは言えない。
希望に満ち、明日を夢見ている目とは言えない。
「でもずっとあの子の事を見てきて、わかりました。
あの子は貴女には心を許しているのです。
貴女だけに屈託も無く笑うことが出来るのです」
むしろその目には自信も希望も無かった。
人を説得しようと言うのに、納得させりための材料はこれっぽっちも無かった。
「サトライが悲しい時に、手を差し伸べてあげてください」
卑屈で、優しくなく、不誠実で、ずるい。
「きっとあの子は用心深いから、利き手を預けはしないでしょうが。
でも貴女にだったら左手を預けるでしょう」
だけど真っ直ぐな目だ。
彼が生きていた頃から変わらない、真っ直ぐな青い目だった。
「だから彼が悲しそうな時には、右手を差し出してあげてください」
俺には、もう、その役割は出来ないからと。
寂しそうな声を残して、少年は深く深く、頭を下げた。

「・・・いっぱい我侭した上に、押し付けてしまってごめんなさい・・女将」
自分の笑い方は容貌に反して、とても地味なものだ。
小さく、くすくすと、だがそれが似合うと言ってくれる人が居る。
残念ながら目の前の少年は、そんな事を言ってくれはしなかったが。
「馬鹿ねぇ」
からかいを含んだ調子に、少年ははっと顔を上げる。
「うちの事、すべも無く断るような薄情な女だと思っているのかしら?」
「と、とんでもないデス!」
反射的に返したのだろう。
戯れていた時と変わらない返事に、笑い声を大きくした。
「当たり前じゃないっ
イドっちもサトライも、唯一無二の私の友達よ」
立ち上がると同時に熱いものがぱっと飛び散ったような気がした。
だけれど今はそれ以上に、目の前で唖然としている少年を見ることの方が楽しかった。
「女将ぃ・・・本当に、本当にありがとうございます・・・」
少年は子供のようにボロボロと涙をこぼしている。
頬を伝って顎から落ちた涙が、地面に跳ねずに空気に溶けるように消えていく。
改めて、ああ、この子はもうそういうものなのだなぁと心の隅で落胆した。
出来れば見たくなかった。
だが知ってよかった。
知らずにいるよりは、ずっと良かった。
ようやく聞けた彼の本音なのだから。

涙の量と反比例するように、彼の姿は薄くなっていく。
あやすように肩に手を回して・・・その手が彼の背骨に触れることは永久に無かったのだが・・・抱き寄せる。
「泣かないの。
それにイドっちがそう言わなくたって、元々そのつもりだったんだから」
「・・・嫌じゃ、ありませんデスか?」
しゃくり上げながら(彼の方が格段に背が高いのに)何処か上目遣いを連想させる目で甘えてくる。
「馬鹿ねぇ」
ずるい仔鳥、でもそういう部分も含めて好きだった。
「馬鹿・・・ですか?」
「ええ、馬鹿よ」
空っぽの腕の中、落ちてきた葉を受け止める。
もう何処にも彼の姿は無かった。
髪の毛一本、羽根一枚、彼が居たことを証明できるものは無かった。
ただ冷めたお茶が二つあったが、これも暫くと経たない内に取り下げられてしまうだろう。
それでもただ一つだけ、証明が残るのだ。

それは夢か現か幻か。
空は遠く、木々は色落ち、花は枯れ往く季節の事だった。
あれからどのくらいの時が経ったのだろう。
少年の面影は何処にも残っていなかった。
姿を消してからも、姿を見せなくなってからも。
だがそれは存在にかかるとは限らない事柄だ。
そう、自分は信じている。
薄雲がかかって白ばんだ空を仰ぎ見る。
「貴女が残してくれたものを、うちが嫌がる筈、無いじゃないの。
ね、イドっち」
どこかの空に存在しているかもしれない仔鳥に、声をかける。

もう空を見るたびに思い出し、案じることもない。
私は彼の未来を知っている。
だから、もう空を見るたびに、思い出すことも無い。





イド消滅RPより転載 2006年10月30日〜2007年5月1日筆
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posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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