2008年11月10日

空蝉 了




..
「・・・会いに行かれるのですか?」
「うん」
かつて彼が好いた人の元へ。
限りなく確信に近いものを持って言える・・・幾千日も夢見た人の元へ彼は行くのだろう。
「あの人の最後を看取るのが、俺の望みだったけど、こっちが先に駄目みたいだから」
その脚で大地を駆けることが無くなっても。
「俺、あの人じゃなくちゃ駄目じゃ、無かったんだ、きっと。
だけど俺を一番最初に見つけてくれたのは、あの人だった」
他の選択肢を得るには、その選択肢はあまりに鮮烈過ぎた。
眩しすぎる過去ばかり見つめ・・・生涯望み続け、存在を無くし、名前を無くし、風のようになって、ようやく気付いた事がある。
「見つけてもらえたことが嬉しくて嬉しくて、ちっとも、あの人のことを大切に出来なかったよ」
会いたい。
やり直すために会いたいのではない。
友人として、関係を続けたいのでもない。
言葉を交わすことなんて無くていい、いっそ忘れ去られていた方がいい。
本当は、見つけてくれてありがとうって伝えたかったけど。
「ただ一目でいい、あの人の姿を眼に刻みたい」
どんな道徳も理性も道理も、最後に残ったこの感情を止めることは出来ない。
貴方に会いたい。
「だからあの人に会うために俺の魂を預かって。
風にさらわれないように」
一呼吸。
目前の闇を遠い目で見る。
「風が往く先は、きっと黒曜の居る世界だから。
千歳なら俺の魂を介して探る事も出来るよね」
必要を感じないから好きにしろと言っていた少年が、今ではその必要があるから好きにして良いと言う。
「・・・そうですね」
何処と無く寂しさが心に積もる。
温かくなれば溶けてしまうだろう、その感情に名前をつけることを今はしたくなかった。

「千歳と話せて良かった」
彼とは契約は出来ない。
払うリスクがあまりに多く、そして得るメリットは少ない。
「私も、貴方とお話できて嬉しゅうございました」
だから正しい形での契約は出来ない。
そしてそれを彼は望んでいる。
昔から人に扱われる事を好んで生きていた。
反面、それが結果として人を扱う事になっていたのも少なくないが。
今でも少年は青年を・・・夏山の人間を・・・犠牲にした延命を望んでいない。
「俺が出来なかった事、千歳は出来るといいな」
ただ、仮宿が欲しい、だけ。
「えぇ」
そんな少年に対して語る言葉どころか、返す言葉も持てなかった。

「いっぱいいっぱいありがとね、さよなら、千歳」

成鳥は、言葉紡ぎを終える。
風が揺らいで大気となり、ヒトツの輝石に収まる。
鮮やかな柳色の石、金色のアンクレットにそなえられた。
かつては足枷だと呼んでいたが、今では生きる為の碇となったもの。
それを胸にかきいだく。

今はただ眠りまでのつかの間を、彼のために祈っていたかった。




(了)
posted by 夏山千歳 at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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