2008年11月09日

空蝉 弐





..
「ただ、なんとなくねぇ、うん」
手の甲に触れる、彼の細い指。
大きさはさほど変わらぬけれど、骨と皮しかない指先は、自分のものより一回り小さく見えた。
「もうちょっと素直になれたら良かったのかなって、思う」
ひたすら懐かしそうに呟くだけだった口調が変わる。
「ねぇ、俺は君にお願いをしにきたんだ。
これはその手土産代わりにも、ならないだろうけれど」
意志を持った魂のともし火は、流れ星に負けぬ願いを連れてやってきた。
「きっと薄々、気付いていたんだろ、でも確証なんて無かったんだろと思うけど」
長い前置きに一息ついて続ける。
「黒曜は冥界に居ると思っているんだね?」
カラスの濡れ羽、鋭く光る鉱石。
黒曜姫。
白妙の身体を治す可能性を持った行方不明の霊獣の名前。

現世に関与し、現世に存在する右業。
彼のかつての肉体は滅べども、魂は現世に留まり続けている。
その事はつまり彼が探し出せる範囲の限界を示していた。
ヒトツの山の主だった事はあれど、右業はまだ精霊としては若い。
夏山という人間に使役された結果(直接食む事には遠く及ばないが)魔力を増幅させたとて、彼の知覚には限界がある。
それにしたって不可解な程に黒曜への手がかりは少なすぎた。
右業だけでなく白妙まで、この現世で黒曜の残り香さえ見つけることは一度足りとも無かった。
だからそれは可能性の提示だった。
「千歳、お願いがあるんだ」
そして自分は、その可能性を信じている節がある。
「遅かれ早かれ、このままだと自我を失い、俺はただの魂となる。
自我って制御を失った魂は自然、冥界へ行くことになるだろうね。
だけど俺にはまだやり残したことがある」
長い眠りの末に、とうとう現世では見つけることの出来なかった足跡を、新たの冥界という地に求めた。
本当の眠りの先だ、あまりに永い。
その地へ足を踏み込む事は古の大陸と同じわけにはいかない。
「俺はこのままゆけば明日にだって消滅してしまう。
俺という個が、自我が、消滅してしまう。
だから千歳の力を貸して欲しい」
そう、同じわけにはいかない。
それは目の前の彼も変わらないのだ。
戻るべき肉体を失って尚、消滅するわけにはいかぬ目的を持っているのだ。
互いに。
「俺の仮宿になってください」
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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