2008年11月08日

空蝉 壱

日々は氷のように眠く、水のように鋭さを増す。



..
眠りの深海へと意識が沈む。
新たな出会いとか、新たな居場所とか。
とにかく沢山の人々と交流する機会を持てて、暫くドタバタ忙しくて。
反動か、眠りの時間の多い日々を過ごしていた。
きっと疲れていたのだと思う。
その中でも、この夜の眠りは普段よりも一層深いものだった。

夢を見る隙間も無い筈なのに、目の前で映像が流れ出す。
星だ。
紫の煙に紛れて、ターコイズブルーの星がこっちにおいでと手を招く。
誘われるがままに流れると、星は緑の深淵に消えていって。
連なる黒は彩を内に隠していて。
これはまるで以前、少年と再会した時のようだと思った。
「千歳」
予測は外れない。

「柔らかくなったね」
よく通る声が耳を撫でる。
この声を聞くのが好きだった。
見た目や振る舞いの幼さを裏切る低さを持った、よく通る声。
好きだった。
「柔らかい?」
麦穂色の長い髪、大きな空色の瞳、同色の振袖、豊かな純白の翼。
それぞれのパーツを取れば、何一つ変わらぬ出で立ちだった。
愛嬌のある顔立ちの痩せ細った少年。
ただし以前、再開した時とは変化した箇所がヒトツある。
「うん」
彼の姿が明瞭になった。
生来の肉体を捨て、不安定な精神体に変わった彼は、何時消えてもおかしくない存在だった。
事実、以前に再開した時は、今にも千切れそうな薄紙の危うさを持っていた。
だというのに。
「千歳の心が、柔らかくなったね」
今はこんなにも明瞭だ。
声も姿も、心まで。
「少し羨ましい気がする」
簡素な言葉を告げられるようになった事も、また変化のヒトツだろう。
渇いた舌先の意味を私は知っているから。

「俺も、もう少し早く、そうなりたかったな」
闇に浮かんだ身体に重なる。
小さな子供が甘えるように、腹の上に膝をつく。
「後悔はしていない・・・って言ったら、やっぱり嘘になるね」
俯くままに向けられた目と目が見つめあう。
長い髪に覆われると、麦畑に寝転んでいるような気がした。
こんな闇の中にいても彼からは太陽の香りがする。
六月のカーテンだ。
「・・・ことりさんは千歳に、愛してくれとは仰いませんでしたね」
「うん」
くるり一回転。
以前は静止画のように動かなかったというのに、今はまるで。
自分も知らなかった頃の、彼が少年らしく活発にあれた頃の、仕草のままで。
幼い子供の口癖で。
「だって誰も俺のことなんか好きになってくれると思ってなかったもん」
拗ねたように言う姿は無邪気だった。
心の奥底に眠る本当の欲求を別のものにすり替えて、望まぬ我侭しか言えなかった頃を知っているから、尚更、そう感じるのだろうか。
「壊してくれとは何度も仰いましたね」
「だってそれって俺に壊すだけの価値を見出しているって事でしょう」
「好きになっていただく価値を感じずに?」
「そう」
寂しがりのくせに我慢をする。
耐えられぬくせに笑顔になる。
不器用なくせに諦めが悪い。
必要として欲しかったから、大人になろうとしたと聞く。
慣れぬ手法と知らぬ経験で、つりあいたかったのだと泣いていた。
それが出来ぬ自分を責めて泣いていた。
泣いている自分も嫌いだと。
「わからなかったんだ、人に好きになってもらうってことが。
今だってわかりゃしないんだけどね」
せめてもう少し大人だったら良かったんだけど、と笑う。
彼は大人への憧れを今でも忘れていない。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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