2009年07月15日

惰眠

眠りとは、死によく似ている。



毎年恒例、夏眠の時期になりました
匣大破継続中に加えて、背後様が暑さにいたく弱い体質にございますから
七月は匣の課金さえしておりません
八月も・・・どうなるのかしら
やっぱり何よりも匣がありませんのが、いたく辛くございますねぇ
はひ

ひとまず呪竜のせいで一時中断してしまいました雨期祭り
一段落しましたら出立しましょうか
とうとう僧侶になってしましたもの!

そうしたら・・・夏はまったりしとうございますし
久々に潮風の国に足を運びましょうかしら
惰眠を貪るのです
それも悪くはありません



日に日にベッドの上下がわからなくなっていく。
壁沿いに丸められて枕代わりにされた毛布。
足元に散らばるクッションと本。
甘える女のように眠る薄いブランケット。
おや、時計も埋もれている。
そこは清廉とした雰囲気の主人からは、およそ想像のつかない散乱の具合だった。

もはや、この場所は上下の意味など持たない。
どちらが頭でどちらが足かなど些細な事象にこだわる必要など無い。
なぜなら青年は大半の時間を此処で過ごし、その最中では意識など持たないからだ。
そう。
棺桶に花を敷き詰めて死体を優しく正しく寝かせるのは、それを見守る生者のためのものだ。
彼を愛し慈しみ、その死を悼み、安かな眠りを与え、労る心を現す。
だが死体には棺桶の上下などちっとも問題にならないのだ。

深い眠りの住民となった時、青年はベッドメイクを放棄するようになった。
彼にとって枕が腰の下にあろうが、ブランケットが横這いになって腹しか覆っていなかろうが、構わない。
彼にとって重要なのは足場のゆらめく闇の中、どのようにして濃度の高い空気を掻き分けて走るかという事なのだから。
青年はただただ眠りにつく。
そこに緑の世界は、存在しない。

重要なのは瞼の裏から光を見失った先なのだから。
posted by 夏山千歳 at 01:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。